おれひとりが日本のロックのためにがんばっている。それなのに、

おれひとりが日本のロックのためにがんばっている。それなのに、大手の音楽産業は金になる外国人有名タレントばかり呼んで、日本の若手を育てることをしない、という怒りが、始終、彼の体の中でくすぶっていたのだろう。ほうちょう底丁片手に殴込み、というのは、直接にはほかに原因があるらしいが、底には、そういう、マイナーなものへの思い入れ、というのがあったことは間違いない。では、どうして彼がそういう反骨精神を持つようになったか、ということだが、これに関しては、中村とうよう氏は、彼の兄や姉の存在が大きく影響しているのではないか、と言っている。内田裕也は、神戸の、かなりいい家の生まれで、その兄や姉はいずれも優等生、彼はいつも兄や姉に劣等感を抱きながら過ごしてきた、というような事情があったらしい。兄を超えようとするデキの悪い弟なんだか似たような話が、と思ったら、彼と仲のいい安部譲二も同じような環境で育っている。そして二人ともアウトローになっていった。デキのいい兄というのは、男の人生にかなり影を落とすようである。女にとって美人の姉というのが、男にとってのデキのいい兄、と同じ役目をするが、まあ、女はだからといってズベ公になったりはしない。男はその点、ヤンチャなのである。Hデキのいい兄とくると、どうしてもHデキの悪い弟μと続けたくなるが、私の周りには、むしろH兄の影響下から、いつまでも抜けだせない弟のほうがたくさんいる。彼らは、いずれも何かというと兄はどうだつたこうだった、と言う。そして何か困ったことが起きると兄に相談に行くのである。なかには、自分の考えというのは何もなくて、兄の考えがすなわち自分の考え、というような男さえいる。こういうタイプは、安部譲二や内田裕也のようにはならない。兄を超えようという気持ちが最初からないのである。兄と同じ道を歩けば、負けるのは分かっている。ならば、ほかの道を、というようなことも考えない。兄を尊敬する、というのはいい。だが、なんでも兄に頼る弟というのは、実は自分では責任を取りたくない、つまり、いつも逃げの姿勢でいる人間なのだ。私は、こういう男を見るとイライラして灰皿を投げつけたくなるが、本人はみっともないなんて、きらきら思ってないから始末におえない。ともかく、私はH兄の影響下から抜け出せない弟よりHデキのいい兄を超えようとするデキそして、のほうが好きである。な勾やその典型を内田裕也と安部直也(安部議二の本名)という、偶然同じような育ち方、名前の最後に同じ「也」という字を持つ二人に見るのである。