仕方なくすわっているうちに、ようやく大明神がお出ましになった

仕方なくすわっているうちに、ようやく大明神がお出ましになった。楽器の音ばかりがピンピンに響いてきて、何を歌っているのか全然聞こえてこないが、「--」というのだけは、さかんに耳に入ってくる。もう気分の悪いのを通り越して貧血を起こしそうである。見ると爪が紫色に変わっている。|||ヤパイ!私は横の男の手を振り放して会場を飛び出した。あと、彼がどうなったかは知らない。音楽は耳でなく胃袋で聴くもんだ、ということをこのとき知った。殴込み内田裕也は、しょっちゅう怒っている。時と場合で対象はさまざまだが、頭の上に立っているH怒りのアンテナ“”が刺激を受けると、彼はすぐに怒り・だすのである。しかも、このアンテナがめちゃ高性能ときているから、怒りの種は毎日ひきもきらず、ということになるのである。そしていったん怒りだすと、普段のぶっきらぼうな物言いに殴りつけるような荒々しきが加わって、迫力は満点になるのであった。これを、みんなは陰で裕也節と呼んでいた。彼が怒りの叫び声を上げはじめると「そら、裕也節が始まった」と言いながら逃げだすのである。日本のロあるいは、「ニュミジvク系に王座を奪われたあせりが、彼を行動に駆り立てた」ク界のドンである彼は、怒り続けたあげく、ついに、たった一人で庖丁持って音楽事務所に殴り込む、という事件を起こした。こういうのは、私は主義主張に関係なく快挙であると思う。権力にぶつかっていく元気はいい。やっぱり男はこうでなくちゃ。この事件は新聞にも報道されたから知っている向きもあるだろうが、新聞はどれも(といっても私の読んだのは三紙だが〉、なぜ彼がそんなことをしたのか、その動機を正確には報道していない。しかし、あの事件には、彼がこれまでやってきた仕事の質や量、そして彼の性格、生活、ひいては生立おいたちまでが、すべて凝縮されていたのである。ちょっとあらましを書くと、「八三年六月十日、内田裕也は、青山にあるウド音楽事務所に、ひとりで現われた。そして底丁を出してみせ『なぜ当事務所は外人のロか』と強く抗議した。連絡を受けた赤坂署は、ただちに彼を逮捕した」yクコンサートばかりをやり、日本人のはやらないのこれだけである。そして、彼が、なぜこんな行動に出たかという理由について、新聞は、「かねてウド音楽事務所が、外人ばかり優遇するのに不満を感じていた」しかし、これはかなり的を外れている。