彼の怒りは、こんな説明では収まるようなものではな私は彼のロッ

彼の怒りは、こんな説明では収まるようなものではな私は彼のロッ夕、それも日本のロックへの思いを、さんざん聞かされている。ジャズの店へやグへの思いを述べる、というのも変わっているが、とにかく七0年代から、彼は日本のロックをなんとか盛り上げようと、火を噴きながらがんばっていた。私はその頃、ライブハウスにもっと面白い音楽を入れたい、と思っていた。ロックに目を向けだしたということもあり、ここでジャンルの壁を取り去ってみたら、面白い音楽ができるかもしれない、と考えていた。だが、それにはミュージシャンに問題があった。彼らは、自分がやっている音楽から一歩も出ょうとしないのである。つまり、クラシクは譜面しか見ていないし、ジャズは色気無視、ロックは大音響だけ、という態度をかたくなに守り通して崩そうとしないのである。そして各ジャンルとも、他のジャンルと一緒にやろうとしない。十年一日のごとく、同じことを同じ仲間とやっていて満足しているのだ。だから、たとえばギタ中心のロクに管楽器を加えようとしても、管楽器のミュージシャンはロvク畑にはおらず、ジャズから連れて来なければならない。ところが、ジャズの連中は、ロそこで、私はロックの大将と知り合ったのをいいきっかけに、協力を頼もうとした。ところが、彼は即座に首を横に振った。「おれは根っからのロッカーだ」と、彼は言う。「ロックはロック、ジャズはジャズ、二つが混じり合うことなんてない」「でもそれじゃ、管楽器はどうするの?ロクには、まともにトランペトやサックスをあやつれる人はいないじゃない」「今はいなくても、そのうち育つ。ジャズのやつらには、けない」ものすごく頑固だ。結局、彼の協力は得られなかったが、そのロックに賭ける情熱には迫力を感じたのだった。その頃、彼がやろうとしていたのは、毎年コンサートを開催し、時間の許すかぎり、どんなバンドでも出した。だが、コンサートを聞くのは、私も経験があるから知っているのだが、そして満員になったからといって、必ずしも黒字になるとは限らない。ロックのトランペットやサックスは吹マイナーグループを世に出すことであった。そのためにかなりの資金がいる。キョ彼はそれでも、とにかく方々から金を集め、コンサート活動を続けていたのである。陰でバッ彼にしてみれば、金もないし徴力なひとりの男が、日本のロック界で孤軍奮闘している、それを、多少ともロックにかかわっている連中なら応援するべきだ、という気持ちが強かったに違いない。